こんにちは、小野です。
2021年の夏に、私は重松清作「カシオペアの丘で」という本を読みました。
このお話は、「許せない人」そして「許してもらいたい人」がいる人に、是非とも読んでもらいたい小説でした。
【カシオペアの丘で】簡単なあらすじ
舞台は北の国、北海道。
4人の小学生トシ、シュン、ミッチョ、ユウちゃんは、かつて悲しい出来事があった炭鉱の跡地を「カシオペア丘」と名付け、お互いの将来の夢について話し合っていました。
彼らは、いつか、このカシオペアの丘に遊園地を作り、昼間は遊園地として遊び、夜は星を見ようと誓いあったのです。
しかし、その後4人は離れ離れとなり、数十年ぶりに再開するときには、シュンは余命を宣告されており、大人になったみんなが持つそれぞれの「贖罪」が始まるのです。
許されたいけど、自分で自分を許すことができない「シュン」
余命を宣告されたシュンは、北海道の地を離れ、東京でバリバリと働くサラリーマンでした。
妻と子にも恵まれ、順風満帆だったシュンは、39歳にしてガンを宣告されます。
シュンは許されたい人でした。
しかし、自分の犯した過去の過ちを自分でも許せずにいたので、子供の頃からずっと謝り続けていました。
そしてまた、自分が自分を許せないからこそ、ある人をずっと許せずにいました。
シュンの生き様は、まさしく悲しみの連鎖を感じます。
自分のことを許せない人は、他人のことを許すこともできず、自分への戒めをその人にぶつけている、そんな気がしました。
人を、自分を許すことができずにこの世を去る、ということはどういうことなのか。
許せない人を許す瞬間とは、いったいどんな瞬間なのか、ということを深く考えることができます。
彼が「今1番大切に思う人」を妬む、彼に「1番好かれていた人」「ミッチョ」
このお話は「贖罪」が1番のテーマかと思いますが、個人的に重松清の書く「女心」がとても良かったです。
現在でもよく聞く「元カノはあーーだったのに」という言葉があるように、過去に忘れられないほど愛した人がいる方も多いかと思います。
しかし、その1番好きだった人が「妻」になるということは、絶対ではないですよね。
「妻になる人」というのは、その時、「1番大切」で「1番守りたい」と思った人なのかと思います。
この物語では、「1番好きだった人」と「1番大切な人」とがお互いに嫉妬しあい、
「1番好きだった人」はその人と過ごせなかった「将来」を妬み、「1番大切な人」はその人と出会えなかった「過去」を妬みます。
若すぎたからできた燃えるような恋も、大人になった彼と歩む人生も、お互いができないからこそ、お互いを羨ましく思う女心には、重松清の表現力のすごさを感じることができました。
女心を女よりも心得ています…
読み終えて思うこと
私の過去には、謝り続けていた自分と許すことができなかった人がいました。
その人は、「憎しみ」をバネにして強くなりましたが、ずっと許さずにいて憎しみを抱えたままでも良いのかと、ふと考えます。
もちろん辛いこと、悲しいことを、決して許すことのできない気持ちもわかります。
時にはひどいことだって考え、その人の不幸だって望んでしまうのも人間です。
許しをこう人も、許すことのできない人も、ずっとずっと苦しんでいる。
「あなたは、人を、自分を許すことができますか?」
そう、問いかけられている物語でした。
「許す」とはいったいどういうことでしょうか。
何度も何度も読み返すべき小説ですね。
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